◇児童の表現力育て、荒れた言葉なくす
「うざい」「死ね」を頻発する。友達に迎合しがちで自分の意見を言わない。子どもの表現力が乏しくなったといわれる。言語力の育成に乗り出した小学校から、荒れた言葉と戦う取り組みを紹介する。
◆見つかった落書き
「死ね」。そんな落書きが広島県呉市立昭和南小学校の教室で見つかったのは、2年前の4月末だった。2週間後、女子トイレの扉の裏側に「○○死ね」と、児童の名前と一緒に記されているのが見つかり、教室内でも「死ね」と書かれた紙片が落ちていた。
「死ね」は日常会話でもよく飛びかっていた。これを危惧(きぐ)した曽川昇造校長は、年度目標に「『死ね』などの言葉のない学校」を掲げることにした。この言葉が人の心を深く傷つけること、落書きが器物損壊罪の犯罪であることを児童に教えた。保護者向けの通信でも、わが子が死ねと落書きされたらどんな気持ちになるかを、子に伝えてほしいと呼びかけた。
「消えろ」も多発していた。「この世で一番消えてほしい人は?」。ある担任はそんな会話が交わされているのを耳にした。曽川校長は「ばか、あほと同じ感覚で今の子どもは軽く『死ね』と言い放つ。簡単に人が死んだり殺し合いをしたりするゲームの影響で、口にするようになったと思うが、本来は使うべき言葉ではないことを、分かってもらいたかった」と話す。
落書きの発見から間もなく、いじめや中傷による自殺が全国で起き始めた。06年11月、昭和南小は言葉による中傷の実態を調べるアンケートを行った。相手を傷つける発言をしたことのある子は52・2%だったが、5・6年生で8割を超え、高学年ほど日常化していることが分かった。
「うざっ」「死ね」をどんな気持ちで言っているのか尋ねると「冗談」が最も多かった。しかし、自分が実際に言われた時は「いやだった」が「平気」の2倍近くあり、不快感を持つ子が多いことが分かった。
◆言葉の重み考える
このため2学期末から、「死ね」の言葉をなくすための授業に、各学年が取り組んだ。2年生では自分が生まれた時の気持ちを親に書いてもらい、祝福されたことを実感させた。5年生では「キモイ」といわれて自殺した北海道滝川市の小学6年生の女児の遺書を読み、言葉の重みについて全員で考えた。
それでも曽川校長は数回の授業だけでは定着しないと考え、「死ねなどのことばのない学校・宣言」と書いたステッカーを作り、各教室の正面に張った。「黒板を見ればいやでも目に飛び込んでくる。刺激の強い言葉なので渋る担任もいなくはなかったが、日々意識することが大切だと思った」。曽川校長は強調した。
ステッカーが張られて1年以上になる。「死ね」の言葉は根絶されたわけではないが、あまり耳にすることはなくなった。5年生の高松遼さんは「肩をこづかれたりした時、むかっとして言ってしまうこともある。なるべく言わないようにしているし、自分の兄弟には使わない」と話す。同じクラスの濱田美月さんは「ふざけている時は許せるけど、陰で言われるのはイヤ。相手の気持ちを思いやることが大切だと学んだ」。
昨年、3年生を指導した今村佐稚恵教諭は「何気ない一言が人の命をも奪うことを、わかってもらえたと思う」と振り返った。
◇スピーチやゲーム使って、コミュニケーション力育成
横浜市立下野谷小は、言葉の乱れから児童の人間関係がぎくしゃくしがちなことを懸念し、今年度、言語力を培う独自の授業を始めた。新科目は「コミュニケーション科」と名づけ、年35時間を確保。朝の15分間を使って週3回、短いスピーチをしたり、学年全員で声を出して本を読んだりする。
ある朝、3年2組では言葉を使わず、しぐさや表情を読み取るゲームを楽しんだ。互いの目を見つめてコミュニケーションしその重要性を学ぶ。担任の奈良明子教諭は、全員の背中に▽キリン▽はさみ▽バレーボール--などと書いたラベルを張った。何が書いてあるか自分ではわからない。友達のラベルを読み、身ぶり手ぶりで伝え合った。
「はさみ」と張られた女の子は、2本の指をチョキチョキ動かす友達を見て、うれしそうにうなずいた。「のり」と書かれた子は、何かをこすりつけるしぐさをする友達の手元を見つめ、首をかしげたままだ。どの子のまなざしも真剣で、教室は不思議な熱気に包まれた。自分が何か分かった後は「文房具」「動物」など同じグループごとにまとまる。
最後までわからず不安そうな表情の男児がいたが、女児が歩み寄り、肩を押して「楽器」のグループに導いた。終了後、迷っていた男児に奈良教諭が「友達が助けてくれましたね」と呼びかけると、拍手が自然に起きた。
◆語彙乏しく問題も
「ニュアンスの伝わらない携帯電話のメールに頼りがちな今こそ、面と向かったやりとりが大切」。教務主任の高橋義成教諭は訴える。高橋教諭は児童指導コーディネーターの肩書を持ち、担任を持たずに子どもの生活指導に専念する。コーディネーターは横浜市が今年度から、市内18区に1人ずつ配置した。子どもの心身を観察し、指導ノウハウを他校に伝える。
高橋教諭は、最近の子どもは心と言葉の崩壊が進んでいる、とみる。「語彙(ごい)や表現力が乏しいので、子ども同士でトラブルになる。人を信じることができず、自分を理解してもらおうともしない。傷つくことを恐れて『言っても無駄』と思っているのです」
交流の楽しさを知るためのプログラムは多彩だ。たとえば低学年は自分の宝物を友達に説明したり、高学年では携帯電話を持つことの是非について論じ合う。志方英雄校長は「人前で話すことに抵抗がなくなり、気持ちを表現できるようになってきた」という。
年度末に行ったアンケートでは、「友達のよいところを見つけられるようになったと感じますか」という問いに「はい」と答えた児童は6割強、教員は9割強に上った。「自ら話し人の話にも耳を傾けることで、相手を尊重する気持ちが育ちつつある」と教員の一人は分析する。
課題もある。「無理」「イヤダ」などの単語で話したり、孤立を恐れて口を開かない傾向がまだある。下野谷小は来年度もコミュニケーション科を続け、安心して心を開ける場所を確保していく予定だ。